第11回 狭心症・心筋梗塞治療の今後の展望
東海大学医学部付属病院教授 伊苅 裕二
●健康診断では「異常なし」ということで、狭心症はなかなか見つからないようですね。
「トレッドミル」という機械を使って運動負荷心電図検査をすると、狭心症であるかどうかはある程度わかります。この検査は、ベルトコンベアーのようなローラーの上を歩いて、心臓に負荷をかけ、運動したときに生じる異常を診るためのものです。ただ、運動によって心臓に負担をかけるため、この検査中に急に倒れてしまうなどといったリスクがあります。従って、この検査は、医師がそばについていて、何かあったらすぐに対応できるような専門病院で受ける必要があります。また、患者さんの同意書が必要になります。トレッドミル検査は、最初に狭心症であるかどうかを判断するために非常に有効な検査です。心筋梗塞で亡くなる方の半数以上は、狭心症が徐々に悪くなった方たちですから、この検査で狭心症を見つけることは心筋梗塞の予防につながるのです。
しかし、何といっても、狭心症・心筋梗塞の診断では「問診」が重要になります。症状をよく理解していれば、狭心症・心筋梗塞の初期症状を察知することができますが、まだまだ一般の方の認知は十分ではないようです。たとえ本人が「おかしい」と思っても、家族の方から「大したことないよ、大げさだな」などと言われ、病院に検査にも行かず、ほったらかしにしてしまうケースも多々あるのです。狭心症・心筋梗塞は放っておいても治ることはありません。専門の医師に診てもらい、病状にあった治療をする必要があります。少しでも早い段階で発見できるよう、皆さんに認識を高めていただきたいのです。医師の問診では、「先生にこんなことまで言ったら失礼かな」などと遠慮せず、実際の症状をありのままにお話しください。
●心臓突然死が増えているとのことですが、なぜでしょうか。
心臓の病気には、狭心症・心筋梗塞のほかに心筋症や弁膜症などがありますが、心臓病による突然死は、心不全によるものか心筋梗塞によるものかのどちらかです。
患者さんの増減については、心不全の原因となる心筋症は横ばい、弁膜症は減ってきています。これに対し、心筋梗塞は増加傾向にあります。つまり、心臓突然死の増加は、心筋梗塞の増加によるものと考えることができるのです。とくに若年層で突然死が増加している理由は、心筋梗塞によるものと考えられています。
また心不全による突然死の場合でも、心筋梗塞が引き金になるケースが増えています。心筋梗塞で治療を受けたものの、それまで長期間に受けたダメージがひどく、心肺機能が落ち、心不全を発症することがあるのです。
●日本の虚血性心疾患の治療は、今後どのように変化していくと思われますか。
日本の現状を見ると、狭心症や心筋梗塞に対する予防は十分とは言えません。また、残念なことに、ある程度の痛みを伴わないと、予防に関心が向かないという現実もあり、まだまだ患者数は増えていくと予想されます。治療方法がいくら良くなっていっても、予防の意識が芽生えていかないと、患者さんの数は減っていきません。治療と予防は両輪です。どちらかだけではうまくいきません。
治療に関しては、心臓バイパス手術から低侵襲な治療法である冠動脈インターベンション(PCI)にシフトしてきています。これからもPCIが狭心症や心筋梗塞の治療の中心となっていくのは間違いないと思います。また、治療にかかる費用、期間を考えても、冠動脈インターベンションには利点があります。冠動脈インターベンションの場合、使用する治療器具の数などで異なりますが、費用はおよそ180~270万円の間と考えられます。入院期間は通常3~4日です。一方、バイパス手術は人工心肺を使うか、使わないかによって変わってきますが、費用は220~400万円の間といわれます。入院期間は14~25日程度になります。もちろんこれらの治療には保険が適用され、高額療養費支給制度などで還付されます。
心筋梗塞による死亡を減らすには、社会の認識の向上も不可欠です。心筋梗塞を発症された方の死亡率は、心肺蘇生などの適切な処置を受け、病院にたどり着いた場合は約5%ですが、救急車を呼ぶのが遅れ、その間、心臓マッサージやAEDなどの処置を何もしないと99%にまで跳ね上がります。心筋梗塞を起こした患者さんが、何とかして病院に早くたどり着くことができるように、社会が努力していかなければならないのです。また、病院にたどり着くまでの間にも、適切な処置を施すことが出来るような環境を作る必要があります。これには、一般の方々が応急処置について、しっかりとした知識をつけることが不可欠です。第5回のコラムでも触れましたが、海外にはそれができている都市もあります。日本では、もう少し啓発活動が必要だと思います。
●先生ご自身の健康法について教えてください。
週に1回はプールに行って泳ぐようにしています。また普段から、できるだけ「無駄に歩く」ようにしています。伊勢原駅から、私の勤務する東海大学医学部付属病院まで、歩くとちょうど20分です。時間がないときや天気の悪いときを除いて、ほぼ毎日、この「無駄に歩く」を実践しています。心臓病予防のための運動は、駅まで歩く、1つ前のバス停で降りて歩く、といったような手軽にできることから始めるのがおすすめです。はじめから激しいものに挑戦すると続かなくなってしまいがちです。ちなみに、毎日この程度歩いていると、太ることもないようです。
少量のアルコールは、善玉コレステロールを増加させるため、摂取して良いと考えられています。遺伝子的にそうならない方もいらっしゃいますが、それ以外の方にとっては、1合くらいなら、アルコールは「百薬の長」ということになります。ただ酒量が過ぎると、心臓の動きが悪くなります。1日のアルコール摂取量が4~5合以上になると、アルコール性心筋症を起こす確率も高まります。心不全で呼吸困難になり、いきなり倒れるということになりかねませんので、やはり適量を守ることが大切ですね。
【プロフィール】
名古屋大学医学部卒業。
東京大学医学部にて医学博士取得。
三井記念病院、ワシントン大学、再び三井記念病院勤務を経た後、
現在、東海大学医学部付属病院(神奈川県伊勢原市)教授。
循環器内科学、心血管インターベンション、血管生物学を専門とし、
数々の論文を執筆。カテーテル等の医療機器の開発にも従事。