私が急性心筋梗塞を発症したのは、43歳のときでした。ある日の午後、胸の中央部分がなんとなく痛み出しました。痛みといってもチクッとするとか、ズキズキするといったものではなく、筋肉痛のようなそれほど重症とは思えない痛みです。その日はなんとなくだるくて、食事もあまり喉をとおりませんでした。次の日、たまたま仕事が休みだったため家で過していると、せきをしたとき首のあたりに、いままでに経験したことがないような激痛が走りました。やはり、どうも様子がおかしいと思って、近隣のかかりつけの病院に行き、血液検査とレントゲン検査を受けました。待合室で待機していると、先生に呼ばれ、「すぐに家族の方を呼んでください」といわれました。なんと、そのまま救急車で大きな総合病院に移動です。先生から告げられたのは「急性心筋梗塞」。そのとき、「ああ、自分はこのまま死んでしまうんだな」と思いました。
搬送先の病院では、すぐにカテーテル検査が始まりました。寝台に乗せられ、大きな装置で心臓の血管を撮影されましたが、意識がある状態でなされる検査なので、自分の血管の様子が写るのを見ることもできました。治療もそのまま継続して行われましたので、一部始終をすべて把握することができました。バルーンとステントで治療を終え、なんとか一命を取り留めることができました。治療後に先生から「別の血管も詰まっているのでそちらも後日治療しましょう」といわれ、数日後に再度治療に臨み、結果的には一週間程度の入院になりました。治療後は、胸や首の痛みや不快感がうそのようになくなりました。
私は、中学生のときには既に90kgあったという長年の肥満体型で、食事や運動を気にしたことなど全くなく、心筋梗塞をわずらうまで糖尿病の傾向がありました。ところが、入院中には一日に1,100Kcal程度という薄味、低カロリーの食事環境に否応なしに置かれることになったのです。最初はとても美味しいと思えるものではありませんでしたが、退院する頃には病院食の味に違和感がなくなりました。 |
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また、それまでは、野菜・きのこ類・海藻類が苦手でまったく食べなかったのですが、病院食からそれを除くと、何も食べるものがなくなってしまうので、しぶしぶ食べてみたところ、とてもおいしく感じたのです。退院後も、栄養指導に基づき、カロリー計算をし、一日の食事と体重を記載するということを続けていくと、だんだんそれが習慣になりました。いまでは、塩分の取り過ぎに気をつけ、麺類のスープは一切飲まない、野菜中心の食生活と、心臓病の前とは180度違う食事になりました。
さらに、退院後は健康のことを考えてウォーキングや水泳を始めました。ウォーキングは、早歩きで1日3km程度なのですが、食事を変えたおかげもあってか、みるみる体重が落ちていったのです。このことで、体を動かすことがどんどん楽しくなり、ついには、中野にあるボディビル専門ジムの門をたたいたのです。ジムに通い始めて1年くらい経った頃、トレーナーに「大会に出てみないか?」と言われ、初めて出場したのが45歳。以来、ほぼ毎年、大会に出場しています。トレーニングは厳しい面もありますが、積み重ねることで、あきらかに結果が出てくるところはやりがいもあり、とても楽しいですね。
私は、心筋梗塞を経験することで本当に人生が変わったと思っています。病気を経験し、幸運にも命が助かったお陰で、一日一日を楽しく、充実して過すことの大切さを身にしみて感じました。すばらしい先生にめぐり合えたことも非常にありがたいことでした。心筋梗塞になったからといって、何か制限を与えられることもなく自由にさせていただきました。今、楽しくポジティブに考えられるようになった事に本当に感謝しています。ボディビル以外にも、釣りやマリンスポーツなど趣味もどんどん広がっています。なんと言っても楽しいことを見つけること。そうすれば自ずと、それを実現するために健康な体を維持するようなります。「継続は力なり」。食事も運動も無理なく続けていくことが肝心だと思います。 |